翌日、俺はいつも通り登校して席についた。やはり気になって目はつい津木を追ったが、津木は机に向かってノートに
何か書いていた。相変わらず勉強熱心だ。まぁ俺にしても津木からあの話を振ってこられて困るだけだしな。まさかエロ
トークで津木と盛り上がるなんてありえないし。俺はなるべく昨日の事は忘れるようにした。


 昼休み、晴れて気持ちいいので俺は教室を出て中庭をブラブラとした。友達の西谷や高田からバスケを誘われたが、調子
悪いといって断った。今日はこうやって池の端に座ってぼんやりしている方がいい・・・
 遠く騒ぐ声を耳に紙パックのレモンスカッシュを啜り、キラキラと光る水面を眺める。ガラじゃないって思うが、この季節
はついブルーになってしまう。
「いい風だね」
 同時にふっと風が吹いて栗の花の匂いがした。振り向くと津木が横を向いて立っていた。

「よう」
「昨日は興味深い体験だったよ」
「確かにな」俺は昨日の津木を思い出す。
「ねえ、今日も行ってみない?」「行くって・・・あそこにか?」「うん」
何故?という言葉は言わない方がいいのだろうか。急にエッチに目覚めたとでもいうのか・・・

 昨日はともかくハッキリ言って俺は覗きにはあんまり興味なかったし、また見ようっていうつもりは無かった。しかし津木
はどうも未だに興味津々らしい。さて、どうしたものか。ここで断るのは簡単だが、俺は覗きよりも津木の事が気になっていた。
真面目な女子が急にエッチになるっていうのはちょっと惹かれるし、第一意外に可愛いっていう事を知っているのが俺だけかも
しれない。まだ好きっていうほどでもないが、気になる存在であることは確かだ。

「別にいいよ。でも今日も来るかな?」「それは確認しないとね。昨日の男子は4組の田島くんだったから、教室を見張っていれ
ばわかると思う」
「調べたのかよ!すげぇな」「4組に知り合いがいて、たまたまわかっただけ。学校でしてるって話してたらしいし」
たまたまヤツの玉見てわかったのか?というオヤジギャグを飲み込んで俺は頷いた。
「あと・・・」「?」「このこと私たちだけの秘密にしてくれないかな」
「あ、ああそれは構わない。最初から他のヤツに話すつもりもなかったけど」「そう。助かる」
津木は後ろを向いたまま「じゃぁ放課後に」と言って歩いていった。放課後もなにも同じ教室なんだがな、と俺は笑いかけて止まった。
 そういえば俺、教室では津木と話したことなかったんだ・・・


 その放課後。俺は掃除の始まった教室から一旦出て騒がしい廊下で待っていたが「高水、ヒマなのか。手伝っていけよ」と
掃除当番の吉永がウルサイので、ちょっと離れて昇降口で4組を見張っていた。
 4組の田島が誰なのか休み時間中に偵察していたので顔は確認出来た。確かに昨日の男だ。津木はさっさと何処かに消えていた。
多分、俺とツーショットになるのを避けてるんだろう。
 授業中考えていたんだが、俺と津木が何か話しているっていうのは周りから見ればどうにも不自然に見えるはずだ。津木もそれで
変な噂を立てられたくないに違いないし、俺としても本望じゃない。

 津木が俺の彼女になる、っていうのは悪くないかもしれないが、今の俺には想像出来なかった。
いや、津木を嫌いなわけじゃない。多少カタイところもあるが、真面目なヤツは俺は好きだ。ただ、なんというか津木に限らず今の
俺には恋愛をするっていう気持ちがなかった。はっきりいえば、恋というのがどういうものかわからない。また、誰かを恋することも
求めてはいなかった。
 そりゃ、エッチな事は好きだが、それと誰かとつき合うっていうのは違う事だと思っている。誰と誰がつきあっているって話は仲間
からよく聞くが、俺にとってはどうでもよかった。それと同時によく、そんなエネルギーがあるもんだと感心してしまう。
そう言うとお前は冷めてる、って西谷なんかに呆れられるが、そうなんだから仕方ない。
 津木が気になるっていうのは、津木のクールで恋愛とは縁遠そうなスタイルが俺に似ていると感じているからかもしれない。

 掃除も終わった廊下で待っていると、5,6人の男が4組の教室からぞろぞろ出てきた。中には田島もいる。なんか笑いながら話して
いるその後をさりげなく尾行して、結局俺は下駄箱までそいつらを見送ることになった。

 俺は振り返る。いつの間にか津木が立っていた。
「うわっ、ビックリするなぁ」「帰っちゃったね」
「ああ、昨日の今日だし、回復時間でも置いてるんじゃないか?」そう笑うと、津木は感心したように頷いた。
「なるほどね」なるほどじゃねぇー!と心の中でツッコミを入れる。
「じゃあ今日はここまでってことで」「んん・・・」
「なんだ?」「ちょっと時間ある?」「あ、うん。別に用事はないけど」
「図書室寄っていかない」
「俺が?なんで」
「話したいから」
 話したいって、ちょっとこれはクール津木に気に入られたのか?それとも覗き同盟でも発足するつもりなのか?
ともかく面白くなかったら帰ればいいだけだ。俺は頷いた。



 図書室に入ると、意外と人がいるのに驚いた。もっと閑散としているのかと思ったが、読書好きなヤツが多いもんだ・・・と思ったら
あまり本を読んでいるのはいなかった。ほとんどがノートと教科書を開いていたから、ほぼ自習室になっている。さすがにゲームやって
いるヤツは追い出されるみたいだが、勉強に関することならば自由に使っていいらしい。

「図書室なんて久しぶりだな」「あそこが空いてる」奥の方に壁に向かって長机が置いてあった。
テーブルが足りない時の補助として用意されているんだろう。折り畳み椅子を引き出し、俺と津木は並んで座った。
そして津木はいきなり口を開く。

「高さんって呼んでいいのかな?」
『高さん』は俺のあだ名だ。なんで同級生に『さん』付けされなきゃならないんだって思った時期もあったが、中学の時から親しい
友達には何故かそう呼ばれたので、別に何の抵抗もない。もっとも今そう呼ぶのは男子の一部だけだが。しかしそんなに老けてみえる
のか、俺・・・
「いや、親しみを込めたつもりなんだけど・・・気に入らない?」
「いいよ、好きにして」「ではそうするよ」津木は咳払いを一つついた。
「高さんは陸上はもうやらないの?」
「なんで!?」俺は思いがけない事を言われてつい声が大きくなった。津木はチラッと図書室を見回す。
「中学の時走ってたでしょう」
俺は声を低くする。「いや、なんで津木が知ってんだよ」
「生徒会だからね。いろいろ知ってる」そういうもんなのか?
「もう走らないのかな?」「ああ、膝痛めたから」「そうだったんだ・・・」津木は心配そうな表情になった。

俺はシリアスになられても困るのでちょっと笑う。「っていってももう大丈夫なんだけどな。普段生活するには問題ないし」
「うん。授業でサッカーしてた時も走ってたからね」「よく見てんなぁ」
「そうだな、キミ嬉しそうな顔してたし」俺が?そんなに顔に出ていたのか?
「だから走らないのかな?って思ったんだ」「走るって、今更部活入るわけにもいかないし、陸上はもういいよ」
「でも嫌いになったわけじゃないんでしょ、走るのは」「ん・・・別に興味ないよ、もう」俺は目をそらす。
津木は俺の気持ちを読んだのか、それ以上は続けなかった。沈黙。

「でもエッチなことには興味あるんだよね?」思わず吹いた。津木には昨日から驚かされっぱなしだ。
「当然だろ、男なんだし。大体津木だって興味あるって」
「私はあるよ。でも、キミはあんまり見てなかったから、女の子好きじゃないのかな、って」
っておい、俺は男を特別な意味で好きって事ないからな。
「津木、もしかしておまえ腐女子、ってやつか?」その言葉に一瞬キョトンとした津木だったが、やがて口を押さえて笑い出した。
案外、笑い上戸なのかもしれない。「そう見える?」
「やっぱりそうなのか?」「ううん、男同士でっていうのは特にないね」「俺もそういう趣味はない」
「安心した」そう言って津木はまたクスッと笑った。そしてまた周りを見回した。確かに静かな図書室だと話し声は意外と響くものだ。
会話が会話だけに俺も気になる。
 津木はカバンからノートとシャーペンを出し、白紙のノートを開いてそこに書いた。
<筆談にしないか?>
俺は頷いた。話といっても大した話じゃなかったが、こうして女子と話すのは久しぶりだったから。もっとも場所を変えればいいんだろう
が、それじゃ俺と一緒にいる不自然さが目立ってしまう。

 津木はカバンから取り出した別のシャーペンを俺に渡した。さて、何を書こうか・・・俺はノートの左に書いた。

<津木、おまえ面白いしゃべり方するんだな>
これは率直な感想。教室で津木が友達と大声で話す所なんてみたことないし、授業やHRじゃ必要なことしか話してないしな。
男っぽい口調だが、それは津木のクールなイメージに合っていると思った。
<ごめん。昔からこういう感じなんだ>
津木は左手にシャーペンを持ち替えて右のページに書く。
<すまん、気にしてるわけじゃない。それより左利きだったのか>コクリと頷く。
<子供の時に直されたけど、今でも両方使える> <便利そうだな>
<そうだね。右手で数学、左手で古典の宿題が出来るよ> <マジかよ!> <冗談だ>
「・・・・」やっぱり津木、イメージ違うよ。

 しかしこんな『筆談チャット』も慣れてくると結構面白くなってきた。テメェコノ!とツッコミやら絶ッテー猫かぶってんだろ、
とかなんやら書いて2ページ目へ。

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